先人たちの底力、イケメン白洲次郎のプロフィールや経歴、妻は白洲正子さん

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皆さんは、白洲次郎さんをご存じでしょうか。

白洲正子さんの旦那様ですね。
学生時代に正子さんの本を読んで、ああなるほど・・・と納得した覚えがあります。
正子さんの旦那様の次郎さんに対しては、なんてかっこいい(顔も!)なんて素敵な雰囲気の方!と思い、
次郎さんのプリンシパルの本などを読んだ覚えがあります。

内容は忘れてしまいましたが・・・

先人たちの底力 知恵泉 選「ブレないことがカッコいい 白洲次郎(後編)」
が、本日2020年5月26日22時00分~22時45分に、イーテレでやりますね。

前編を見逃してしまいましたが、後編は見えたらと思います。

 

まずは、白洲次郎さんとはどのような人か・・・

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白洲次郎さんのプロフィール、経歴

白洲 次郎(しらす じろう、1902年2月17日 – 1985年11月28日)は、日本のオピニオンリーダー、官僚、実業家。終戦連絡中央事務局次長、経済安定本部次長、貿易庁長官、東北電力会長などを歴任したとあります。

なんか、すごい職歴の持ち主ですね。

続いて、白洲次郎さんの生年月日は?

けっこう長生きされていますね。

生年月日
1902年2月17日
没年月日
1985年11月28日
年齢
満83歳没

兵庫県芦屋市出身ということは、そうとうなお坊ちゃまであることがわかります。
連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し、終戦連絡中央事務局や経済安定本部の次長を経て、商務省の外局として新設された貿易庁の長官を務めた。
吉田茂の側近として連合国軍最高司令官総司令部と渡り合い、「従順ならざる唯一の日本人」などの評を得るに至る。吉田政権崩壊後は、実業家として東北電力の会長を務めるなど多くの企業の役員を歴任したとのことです・・・

 

妻は作家の白州正子、長男は元東宝東和社長の白洲春正、長女は武相荘館長で作家の白洲桂子、孫は元内閣総理大臣・細川護熙の公設秘書でアートプロデューサー、エッセイスト、株式会社ジパング代表取締役の白洲信哉です。

なんちゅう華麗なる一族・・・

戦後、吉田茂の側近として連合国軍最高司令官総司令部と毅然とした態度で渡り合い、マッカーサーたちに「難しい日本人」「従順ならざる唯一の日本人」などと言わしめたとありますが、反抗的だったのでしょうか。
それ、褒め言葉???

吉田政権後は、実業家として東北電力の会長など多くの企業役員を歴任した。
スポーツ万能でいわゆる「イケメン」としても知られ、デザイナーの三宅一生のショーにモデルとして出演したこともある。すっごーい、やはり誰もがイケメンだと認めるのですね。

私が学生時代、この人かっこいい!白洲正子さんの旦那様だった人?
と思い、本を購入した時、かっこいいとは思いながらも、人の旦那さんだった人にそんな念を持ってはいけない・・・こんなすごい方に恋しちゃいけない・・・

と思ったものです。
ああ、あの頃は純粋だったのですね。

また、日本人で初めてジーンズをはいた人物ともいわれる。(今でいうちょい悪的な感じだったのでしょうか)
90年代半ば頃から再評価が始まり関連書籍も数多く出された。
白洲次郎の生涯を題材にした作品も多く、宝塚歌劇団・宙組の舞台『黎明の風』やNHKドラマスペシャル『白洲次郎』などがある。ちなみにソフトバンクのCMに登場する白戸家は白洲家がモデル。

ああ、我が宝塚・・・

その舞台にもストーリーとして残るのですね。

「従順ならざる唯一の日本人」と言われた白洲次郎さん

戦後、GHQの占領下になった日本。
敗戦国日本の枠組みを決めるなかで、GHQは自分達が考えた憲法案を押し通そうとした。
でも、憲法改正は日本人自身でするべきだと白洲次郎は最後までGHQに抵抗。
「日本は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない」
相手がGHQ最高司令官マッカーサーであったとしても自分の信念を貫き通した。
自分のためじゃなく、これからの日本と日本人のために。
それが今に繋がってる。
人の上に立つってこういうこと。
自分の言葉に誇りと信念を持って、筋を通し続けた。

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