岡村精二の現在、経歴や子供は? アメリカまで5ヶ月かけてボート漕いで渡った激レア

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一般教養
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今日も様々なことがありましたね^^

それにしても、コロナはどこまで広がってしまうのか・・・
いつ終息するのか・・・手洗いのし過ぎか、手がガサガサになってきました・・・

 

今日紹介するのは、アメリカまで5ヶ月かけてボートを手で漕いで渡った人、岡村精二(おかむらせいじ)さんです。

岡村精二さんは3月21日放送の「激レアさんを連れてきた。」でアメリカまで5ヶ月かけてボートを手で漕いで渡った激レアさんとして出演しました。

早速どんな方でなぜ、5カ月もかけて手で漕いで渡ったのか・・・などを見ていきましょう。

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3月21日放送の「激レアさんを連れてきた。」でアメリカまで5ヶ月かけてボートを手で漕いで渡った激レアさん

 

岡村精二 (おかむら せいじ)

〒759-0206  山口県宇部市東須恵1271-15
岡村精二事務所 Tel. 0836-41-5435 Fax 0836-44-4423
学 歴  博士(工学:防災環境分野)
昭和28年 山口県宇部市生まれ
~(原小学校、厚南中学校卒業)
昭和44年 国立宇部工業高等専門学校:機械工学科 入学(バレーボール部)
昭和49年 国立宇部工業高等専門学校 : 卒業
平成12年 山口大学大学院(防災システム工学)修士課程入学(社会人特別枠)
(台風の高潮による山口宇部空港と西岐波地区の惨状を視察して、防災対策を学ぶ決心をしました)
平成14年 山口大学大学院:修士課程修了

平成14年 山口大学大学院(環境安全・防災システム工学)博士課程入学

研究開発中の災害用「住宅復興支援ハウス」 新潟県中越地震で使用
(一週間以内に5万戸設置できる避難施設の開発と運用システムが研究課題です)
平成20年 山口大学大学院・博士課程単位取得退学
平成22年3月 防災・環境分野における学位「博士(工学)」を取得

 

山口県で生まれ育ったのですね。

岡村精二(おかむらせいじ)さんの経歴は?

 

昭和49年 宇部高専卒業
中学3年生のときに読んだ「太平洋ひとりぼっち」(堀江謙一著:日本で初めてヨットによる単独太平洋横断の成功)の影響を受け、「手作りヨットによる単独太平洋横断」に挑戦するため、以西底引き網漁船や油タンカーに乗船しました。
3年間で航海士の免許を取得し、働いて貯めた350万円でヨット「シンシア3世号」を自作します。
「夢を夢のままにせず、その実現に向かって、努力することが生きることだ」(「天国に一番近い島」森村桂著)の言葉が、私の夢へ挑戦を勇気付け、大儀となりました、今も岡村さんの「座右の銘」だとのことです。

昭和52年 ヨットによる単独太平洋横断に挑戦

5月17日宇部港出航、10月10日アメリカ・サンフランシスコ港入港
日本初、自設計自作りヨットによる単独太平洋横断に成功
〔宇部~サンフランシスコ間1万㎞ 147日間〕
(使用艇「シンシア3世号」・全長6m)(シンシアは南沙織さんの名前)

原小学校、厚南中学校を卒業しています。

卒業後は国立宇部工業高等専門学校の機械工学科に進学し、1974年に卒業しているのですね。

国立宇部工業高等専門学校を卒業後はお金を貯めるために底引き漁船や貨物船やタンカーなどの仕事を2年半ほど続けています。

1977年には手づくりヨットで太平洋横断に挑戦し、見事横断に成功!

その7年後の1984年には最愛の方と結婚し、二人の子どもにも恵まれています。

1992年からは「ジュニア洋上スクール」を実施し、今現在もスクールは実施されています。

岡村精二さんは手作りヨットで5ヶ月かけて太平洋を横断しましたが、これにはあるきっかけがありました。

中学3年生の時、「太平洋ひとりぼっち」という本に影響を受けました。

300日あれば漂流しているだけでアメリカ西海岸に辿り着くことができるので、漕いだら200日辿り着けるんではないか?

そう考え、好奇心がどんどん高まり、太平洋横断という夢ができました。

その夢をかなえるため大学進学はあきらめ、宇部工業高等専門学校を卒業後は底引き漁船などの仕事を2年半行い、350万という大金を貯めたのです。

お金が貯まった後は大変用横断に向けヨットの制作にかかります。

中学生の時に全長4mのヨットを1台、高専の時に全長5mのヨットを自作した経験があるため、太平洋を横断するヨットは全長6.3mのものを作成しています。

ヨット名前は「シンシアIII世」

自作でのヨットが3艇目のためIII世と名付けたそうです。

そして、1976年の23歳の時に太平洋横断のチャレンジがスタートします!

スタートしたはいいものの、何もかも順調というわけではありませんでした。

ヨットの転覆、水漏れと太平洋の横断が不可能と思われるアクシデントにも見舞われました。

ですが、それを乗り越え147日をかけてアメリカに無事に到着!

アクシデントに見舞われながらも夢を実現するために続行を選んだ岡村精二さんの精神には驚くばかりです。

アメリカに到達できたのは諦めない不屈の精神があったからこそなんでしょうね。

そのヨット名前は「シンシアIII世」

自作でのヨットが3艇目のためIII世と名付けたそうです。

そして、1976年の23歳の時に太平洋横断のチャレンジがスタートします!

スタートしたはいいものの、何もかも順調というわけではありませんでした。

ヨットの転覆、水漏れと太平洋の横断が不可能と思われるアクシデントにも見舞われました。

ですが、それを乗り越え147日をかけてアメリカに無事に到着したとのことです。

岡村精二さんのその後の経歴は?結婚や子供は?

 

昭和58年 戸塚ヨットクール事件などが青少年に関わる事件が多発し、子どもたちの「体験教育」と「心の教育」の必要性を強く感じ知人の「君は建築を止めて、教育に取り組め!」の一言で、学習塾を開校する決心をしました。

昭和59年4月 心豊かな冒険心あふれる子どもたちを育てるため、ヨット、カヌー、キャンプ、耐久徒歩、長期クルージングなどの体験教育を取り入れた学習塾 『至誠学舎おかむら塾』 を開校します。
(塾生11名でスタート)
(小中学生を対象とした4泊5日の「子ども自然体験キャンプ」は24年間連続で開催しています。九重高原、黒髪山がホームベースです)
『 岡村精二建築設計事務所 』 ( 一級建築士事務所 ) 開設

11月24日 8歳年下の原里美さんと結婚。

昭和60年 遠藤周作さん、山田五十鈴さん、中松義郎さん、村田英雄さんら共に
日本顕彰会『特別社会貢献者表彰』を受賞 しました。
長男「海志」誕生
昭和63年 生活新聞『おかあさんチョット』(日本初:お母さんスタッフ 12 0名による2万世帯手配り:無料配布)を創刊。(8年間継続)
長女「星香」誕生。
平成2年 単独太平洋横断の体験が中学校道徳資料「道徳の学習」に採用される。
山口県版中学3年生用:日本文教出版㈱発行
平成3年 「子どもをダメにしない住まい方」(柏樹社刊) を出版
平成4年 客船を利用した長期体験航海7泊8日の『ジュニア洋上スク – ル』を開始します。
参加者は小学1年生から中学生。 指導者は高 校生と大学生だけ。日本一若い少年の船です。
(毎年、沖縄、北海道、中国への航海を実施中)
現在まで18回実施、これからも続けます。

平成7年 阪神淡路大震災で体育館に避難している被災者のプライバシー確保と住宅復興を目的とした
災害用早期設置型「住宅復興支援ハウス」を開発(日立化成工業㈱にて商品化)

30分で設置可能。目標:1週間で5万戸設置
平成11年 宇部市議会議員:初当選

現在政治家としても活躍中です。

青少年の体験教育活動と指導者養成を目的としたNPO法人『森と海の学校』を設立
平成12年 平成11年18号台風による高潮で宇部市が甚大な被害をうけたとき「これから災害多発時期が来る」との予感から、山口大学大学院(防災システム工学)博士前期(修士)課程に入学します。
平成14 山口大学大学院修士課程修了。博士課程入学
平成15 山口県議会議員:初当選
平成16年 若者の居場所づくりと、夢の実現をサポートするため
NPO法人『YMO21』を設立
平成17年 不登校・高校中退の子どもたちを支援するため通信制高校卒業をサポートする「博多自由学園」(福岡市)、「山口UK学院」(宇部市)を開校

平成19 山口県議会議員:2期目当選
「不登校児童支援センター」を山口UK学院内に開設
平成19年 「手紙でつむぐ親子のきずな」(創元社)を出版
議員の政策立案を競う「第2回ローカルマニフェスト大賞」入賞

(ここまでも、すごい活躍ですね!)

平成21 「心を育む総合フォーラム」ブロック大賞と特別賞受賞(松下教育財団)

山口県議会文教警察委員会委員長に就任

学校法人「山口精華学園」設立。理事長に就任。
広域通信制・単位制「精華学園高等学校」を開校。
個々にあったスタイルで自己実現を支援するため、宇部市より旧・吉部小学校を借り受けて開校しました。

平成22年 山口大学より防災・環境分野での学位「博士(工学)」を取得。
平成12年に山口大学退学院に入学して9年目、学位論文提出の条件となる日本建築学会の学術論文がなかなか採用されず4回目でようやく採用されました。
学位論文のテーマ:『大災害を想定した早期設置型「戸建てシェルター」の開発と評価』(Development and Evaluation of Sectional Compact Emergency Shelters for Early Supply in Great Disaster)

岡村精二さんの現在は?

現 職
学校法人「山口精華学園」理事長
NPO法人「森と海の学校」理事長
NPO法人「YMO21」理事長
財団法人「修養団」理事
岡村精二建築設計事務所:所長
(有)第一教育学習社:取締役
学校法人「香川学園」理事
宇部市レクリエーション協会:会長
宇部市ソフトボール協会:会長
山口県スポーツチャンバラ協会:会長
修養団宇部市連合会:会長
B&G宇部海洋クラブ:会長
山口県鳶工業連合会:顧問
日本警察犬協会山口県支部:支部長、
防災ネットワークうべ:監事
宇部野鳥保護の会:会員
宇部市熟年レクリーション協会:顧問
宇部ロータリークラブ:会員
宇部ネットワーク:会員
ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟:会員
講 師
『テレビ寺子屋』(テレビ静岡制作)
B&G財団
PHP研修所
SYD修養団
日本青年会議所
青少年育成国民会議
日本総合経営協会
東芝総合人材開発
富士社会教育センター
松下電器研修センター
日本産業訓練協会
日本生産性本部
宇部フロンティア大学
その他
免許資格
工学博士(防災・環境分野)
一級建築士
宅地建物取引主任者資格
一級土木施工管理技士
一級造園施工管理技士
一級管工事施工管理技士
乙種一等航海士
一級小型船舶操縦士
アマチュア無線技師
特殊無線技士(レーダー・電話甲)
青少年育成国民会議:青少年育成アドバイザー
日本レクリエーション協会:コーディネーター
日本キャンプ協会:インストラクター
著書
シンシアと僕と太平洋(立風書房)
子どもをダメにしない住まい方(柏樹社)
さわやかに生きる(㈱やずや)
住まいは子どものためにつくるもの(ミサワホーム)
手紙でつむぐ親子のきずな(創元社)
ビデオ
『可能性への挑戦』(PHP総合研究所)
『ザ・人間シリーズ№3「さわやかに生きる」』(㈱北映)
『冒険のできる子どもたち』『輝け人生』(株)ベルウェイ
講演の演題
「さわやかに生きる」「親子の絆」「親父の手紙」「可能性への挑戦」
「陽転(プラス)思考の生き方」「成功哲学」「場面があれば頑張れる」
「夢のある話をしよう」「大きな夢を実現できる子を育てる」
「役割が立派さを育てる」「体験以外には強くなれない」
「体験が生きる力を育てる」「がんばれ!男の子」「お母さんは偉い」
「子どもをダメにしない住まい方」「花のほほえみ 根のいのり」他
講演会にあたってのお願い
※肩書は学校法人「精華学園」理事長として下さい。

 

 

と・・・ものすごいバイタリティやエネルギーにあふれた方でした。

調べていて、私も驚きました。

今後のご活動も見逃せませんね。

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