逆転人生、異色のママコーチ!藤井裕子経歴、現在は?ハファエラ・シルバ選手の絆は?

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今日も誰かの特別な日・・・なマコです。

今夜の逆転人生は選「逆転金メダル、スラム街の奇跡」ですね。
妊娠中も指導をした異色のママコーチ!藤井裕子さんの経歴や現在を調べました。

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2020年3月16日(月) 22時00分~22時50分 逆転人生番組内容

2013年からブラジル女子代表コーチに就任し、昨年からは男子代表チームの監督も兼任するというご活躍ぶりです。そんな異色の柔道指導者・藤井裕子さんについてまとめてみました。

感動のオリンピック逆転金メダル秘話。スラム街出身のため差別を受けたブラジル女子柔道選手と、妊娠・出産しながら彼女を金メダルに導いた日本人コーチとの固い絆の物語。

番組内容

東京五輪まで1年。感動のオリンピック逆転金メダル秘話をお届けします。
スラム街出身のためにひどい差別を受けたブラジル女子柔道、ハファエラ・シルバ選手をメダルへと導く重要な役割を託されたのが、日本人コーチの藤井裕子さん。

藤井さんは妊娠しても熱血マンツーマン指導を続けました。

やがて国境を越えた固い絆が育まれていき、リオ五輪決勝の舞台、ハファエラ選手は藤井さんが授けた逆転の秘策で、見事最強のライバルを倒すというストーリーです。

 

 柔道ブラジル男子代表監督に就任

 

【逆転人生】ゲストの柔道指導者・藤井裕子さん
異郷の柔道指導者
愛知県大府市出身の藤井裕子さんですが、5歳の頃に、地元の大石道場に入門して柔道を学び始めたとのことです。

一体どのような場所だったのでしょうか。

そこは吉田秀彦(バルセロナ五輪・金メダリスト)
谷本歩実(アテネ・北京五輪金メダリスト)らを輩出した名門

その薫陶を受けて稽古を重ねていた藤井さんは、ジュニア時代には強化選手にも選ばれており、中学時代に全国2位、高校時代には全国3位という成績を収めていました。

広島大学の教育学部に進学し、研究科(博士課程)を修了。同時に現役選手としての活動を終えていたはずの彼女が、どうして金メダリストを生み出すほどの指導者になったのか…?そのカギは、海外の環境にありました。

英国・バース大学へ

2007年、藤井さんはイギリス・バース大学へ留学し、その当時は競技生活からは離れていたようです。ご本人は、選手としてのオリンピックの経験はなかったのです。

イギリスは100年前には柔道が伝えられており、今なおとても盛んな国です。優秀な柔道経験者として教えを請われたのか、2010年にはイギリス柔道ナショナルチームのコーチに招聘され、活動していました。

教育を学び、さらに優れた技を持っている彼女はとても貴重な人材だったのでしょう。

結果として、2012年開催のロンドンオリンピックでは、ジェマ・ギボンズ選手が女子78kg級で銀メダルを取るという快挙を成し遂げ、その指導の優秀さも証明されたのでした。

 

藤井裕子さんプロフィール(経歴など)

 

名前:藤井裕子(旧姓:中野)

生年月日:1982年生まれ(現在37歳)

血液型:

出身地:愛知県大府市

仕事:柔道指導者・ブラジル男子ナショナルチーム監督(2018年~)

 

“ナショナルチーム”指導の仕事

 

日本国内では、トップレベルの柔道指導者は圧倒的に男性優位社会です。

 

女子で有能な選手、メダリストであっても、監督という立場に就く人は珍しく、多くがコーチや他の分野に活動のフィールドを切り替えて様々な方法で後進の指導に当たっているのが実情です。

 

しかし、藤井コーチの仕事は、そのスタートが海外のチームでの指導でした。教育学部で学んだ、人に教えるというメソッドがこの時役に立ったことは間違いありません。

 

そして彼女が次に出会ったのが、ブラジル人女子選手のラファエラ・シルバ選手なのです。

 

スラム出身の柔道家

 

ラファエラ・シルバ選手はブラジル・リオデジャネイロ市でも有数のスラム街で生まれ育った苦労人です。麻薬と暴力のはびこる環境の中で、8歳の時に出会った柔道に人生を救われたともいうべき人物です。

 

彼女を指導したのがアテネ五輪・銅メダリストだったフラビオ・カント選手。NGO「レアソン」の元で稽古を続けたシルバ選手は16歳で世界ジュニア大会を制するなど、大きく成長しました。

 

彼女を支えたのはそうした社会的な支援と、好成績を収めることにより得られる奨学金だったのです。そうして臨んだ2012年のロンドンオリンピックでは二回戦で優位に進めていたはずが、判定負け。

 

その後SNSでその貧困や人種について差別的な中傷に悩まされるようになり、法的措置なども取られることとなりましたが、彼女自身のメンタルダメージが大きく、一時期は競技の継続も危うくなるほどだったのです。

 

そんな時に出会ったのが“ユウコセンセイ”。

 

イギリスのナショナルチームからスカウトされてブラジル代表チームのコーチとしてやってきた藤井さんだったのです。当時藤井さんはイギリスで知り合った夫の陽樹さんと結婚、妊娠したばかりでブラジル生活がスタートしたのです。

 

夫は彼女のために教職を辞して現地に同行し、2014年に息子の清竹くんが誕生しました。今ではそんな藤井ファミリーの一員のように一枚の写真に納まるシルバ選手。

 

藤井さんとの間には強い絆が生まれ、緻密な指導で弱点を押しのけたシルバ選手は不屈の闘志で母国ブラジルで開催されたリオオリンピックで、史上初の女子柔道金メダルを勝ち取ることになったのでした。

 

現在の活動について

 

柔道ブラジル男子代表監督に就任

 

まだロンドン五輪以来の問題を抱えていた時期のラファエラ・シルバ選手に出会い、その特性を見抜いた藤井さんは、彼女の内面に寄り添うことからその指導を始めました

 

シルバ選手は自身の問題だけでなく、次世代を担う子供たちの人権、そして同様に貧しい環境に置かれていた女性らのことも含めて、さまざまな思いやプレッシャーを背負って柔道を続けていたのです。

 

視野に入れていた引退も撤回し、胸を張って出場した地元開催のリオデジャネイロ五輪でさまざまな苦難を乗り越えての金メダル。それが彼女だけでなく、周囲に大きな影響を残したのは言うまでもありません。

 

二年後の2018年、その功績から藤井さんはブラジル男子ナショナルチームの監督を任されることになりました。現在もブラジルの地で、藤井さんは自分よりも大きい選手たちを相手に熱心に指導を続けているのです。

 

目標は2020年の東京オリンピック。最強のチームを育てて祖国日本への凱旋を目指しています。

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