逆転人生、ゴールデン街の新宿のマリア写真家、バー「ひしょう」佐々木美智子

スポンサーリンク
エンタメ情報
スポンサーリンク

今夜の逆転人生では、新宿ゴールデン街伝説のママの逆転人生を、室井滋が大熱演します。
山里亮太・柴田理恵は86才のママのお店に突撃。太平洋戦争、学生運動、時代を駆け抜けた女の生き様に大感動?

スポンサーリンク

3月9日逆転人生番組内容

「新宿のマリア」と呼ばれる伝説のママ、佐々木美智子さん、86歳・・・
戦時中、兄を軍の上官に殺された経験から、反権力を貫いてきたそうです。
報道写真家として学生運動を取材した経験から、学生たちを支えようとゴールデン街のママになり、その後は歌舞伎町の高級クラブのママに転身します。
数々の有名人と親交を結ぶ。その後もブラジルに渡って成功するなど驚きの連続。

佐々木美智子(ささき・みちこ)
写真家、バー「ひしょう」経営
1934年、北海道根室市生まれ。22歳で上京。おでんの屋台を引いたあと、日活撮影所勤務を経て、東京綜合写真専門学校で報道写真を学ぶ。写真家として日大全共闘の活動を追っかけながら、68年、新宿ゴールデン街でバー「むささび」を開店する。1979年、ブラジルに移住。アマゾンで飲食店、ペンションを営み、サンパウロで私設図書館をつくる。93年、帰国。伊豆大島に住み2014年、80歳でゴールデン街に戻り、バー「ひしょう」を経営する。著書に『新宿発アマゾン行き』(文藝春秋社)、写真集に『日大全共闘』(鹿砦社)、『新宿 ゴールデン街のひとびと』(七月堂)など。日大全共闘の活動と日常の断片的映像を組み合わせた自主制作映画『何時か死ぬのね』(1974年制作)が昨年、東京都写真美術館で開かれた「エクスパンデッド・シネマ再考」展で再上映された。

 

 

佐々木美智子の年齢や出身などのプロフィールは?

 

 

佐々木美智子

プロフィールを、もう少し詳しく見ていきましょう。

名前  :佐々木美智子
生年月日:1934年生まれ
年齢  :84歳
出身地 :北海道根室市

 

北海道の東の根室市で生まれた佐々木美智子さん。

 

地元の根室高校を卒業されています。

 

今現在は84歳ですが、

現役で、新宿ゴールデン街にて、

BAR「ひしょう」を営んでおられます。

 

佐々木美智子さんは、かなり複雑な経歴で、事件というか、何か事が起きているところに

身を置おいてきた人生のようです。

 

歴史的な出来事を記すために写真家に転身

このころ佐々木美智子さんは上京後、激動の時代を記録として残したいと感じ、

写真家を目指し始めます。

 

東京綜合写真専門学校という写真専門学校を1965年に卒業し、

晴れてカメラマンになった後は、新宿ゴールデン街で、

今や伝説になっているBAR「むささび」を経営しながら、映画のスチールカメラマンなどとして活動。

 

そして日映新社によって制作された日大闘争をテーマにしたドキュメント映画

「死者よ来たりて我が退路を絶て」の制作に携わったことを機に、日大闘争の撮影を開始されます。

 

1970年に安保闘争が終わって、

ひとつの区切りを迎えたことで

BAR「むささび」は閉めることになったそうですが、

 

その後は新たに新宿の酒場

「ゴールデンゲイト」を経営したのち、

スペインへ旅行し、その後、1979年にブラジルに渡り9年間アマゾンで

飲食店・ペンションを経営していたという異色の経歴です。

 

 

 

20代で上京し、日大闘争にのめり込んだ30代

北海道根室市生まれの佐々木美智子さんの

愛称は「おみっちゃん」

戦争が始まる前の幸せな時代もありましたが、

 

一番上の優しい長兄が徴兵され、上官にリンチを受けて死んでしまうという事件が!明るかった母が物も言わなくなってしまい、家族が一変して暗くなってしまったそうです。

 

暗くなった家庭から出たくて、都会育ちのサラリーマンと19歳で結婚し、

旦那さんのご実家があった函館に住んでいたそうです。

平和で幸せな毎日に人生を考えてしまい、離婚して、キャバレーで事務を始めます。

 

見かねた母親がなんとか工面したお金で、22歳で上京するも、

美容学校の入学式で聞いた校長の話に納得がいかず、式が終わると即退学。

 

やくざから屋台を借りて、新宿・伊勢丹の裏通りでおでんの屋台を始めたそうです。

詳しくは、佐々木さんの著書でも確認することができます。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました